TOP目利きや!8>第5回 村松さん2/4

目利きや!8

――はい(笑)。続いては、三笑亭可楽さんですか?

村松 僕ね、小学生の頃は清水に住んでたんだけど、鎌倉に住んでたじいさん(小説家の村松梢風氏)のところへ休みになるとよく行っていて。

−−本でも書いておられますね。

村松 いま考えたら、じいさんは妻じゃない女性と住んでるんだから、そこへ孫が行くっていうのもどうかと思うんだけど(笑)。

−−確かに妙な感じですね(笑)。

村松 でも、それが習慣になっててね。で、行くと必ず千円もらってね。横須賀線で東京まで行って、新橋から上野広小路で降りて鈴本(演芸場)に行って。その頃は昼夜入れ替えとかはなかったんだよね。そこで昼の部と夜の部をちょこっと観て、それが330円ぐらいなんですよ。

−−へぇ。

村松 それで帰りにレコード一枚買うと千円がなくなっちゃうんだよね。

−−ちょうど千円ぐらいだったんですね。

村松 ラジオで落語を聴くのは、(三遊亭)金馬とかホントにトップを獲ってる人たちでね。でも、そうじゃない人たちを寄席で観た体験はやきついてるんですよね。

−−はい。

村松 だけど、ラジオで聴くには凄くいいんだけど、実際に観ると、顔とか皮膚感とかね、「観なきゃよかったな」って思う噺家がいるんだよね、けっこう(笑)。

−−そういうもんなんですか(笑)。

村松 可楽も、音だけで聴いときゃよかったなと思った噺家の一人かな(笑)。

−−あはは。

村松 金馬もラジオでは「与太郎」とか子供向けのものをやってたから凄く馴染みがあったのに、寄席で観たら金馬がギンバなんだよ。

−−なんですか、それ?

村松  「ニコッ」って笑ったら銀歯なんだよね。

−−あ、ホンマに銀歯やったんですね(笑)。

村松 なんか凄く傷ついちゃったなぁ(笑)。でも可楽っていうのは声が大好きなんですよ。特に「二番煎じ」だとか、中ぐらいの話。旦那が火の用心に行くんだけど、奉公人に黙っていろんなモノを持って来ちゃって、旦那同士がそっと酒盛りをして、それをお役人に見つからないようにとかっていうセコイ話とか、ああいうのをやるときの可楽の味って凄く好きでね。それって一流ではないと思うんですよ。1.5流ぐらいの感じで。だけど、人気があるんだよね。「可楽が好き」って人は物凄く多いんですよ、落語ファンの中でも。

−−なるほど。

村松 「志ん生はもちろんいいけど、可楽もいいんだよね」っていう、忘れないように名前を挙げておくという。藤原喜明みたいなね(笑)。

−−なるほど! アントニオ猪木を観に行ったけど、藤原喜明が印象に残って帰るみたいな。

村松 そうそうそうそう。

−−そういうところに村松さんはついつい目が行ってしまうんですね(笑)。で、続きまして誰にしましょう?

村松 ラジオのつながりで言えば、(エルビス・)プレスリーもそうですね。昔、『S盤アワー』とか『ユア・ヒットパレード』っていう番組が日曜日にあって。それを聴くのが楽しみでね。アメリカのビルボードの1位から何位かまでを紹介するわけですよ。そしたらある時『S盤アワー』で「ハートブレイク・ホテル」がかかったわけですよ。僕はホントに、その時、ゾーッとしたんだよね。高い木に登って下を見たときのウェーッていう感じ。

−−ウェーッですか(笑)。

村松 快感を超えちゃってるんだよね。

−−快感を超える!

村松 それまでは無理して聴いてた「アルルの女」とか、マーチとかのクラシック系はすっ飛ばしちゃって、「もう俺はこれでいいんだ」みたいになっちゃったわけですよ。

−−村松さんの方向性が決まっちゃったわけですね。

村松 それは凄い感覚だった。だから、そこから先はもうプレスリーの「Don’t Be Cruel」とかね「I Want You,I Need You,I Love You」とかが1位とか2位とか取るようになってね。パット・ブーンみたいなさ、チョッキ着たら似合うようなさ、床屋行きたてみたいなヤツがね……。

−−ボロカスですね(笑)。

村松 あのいい声で歌われた曲が上位にきたりすると、苦々しい気持ちになったりしてね。こっちはまだ中学生なのに(笑)。

−−あはははは!

村松 ポール・アンカなんて出てくると「ガキが何しやがるんだ」みたいなね(笑)。

−−ひどい!

村松 「おまえがガキだろ」だよね(笑)。

−−おませな少年だったわけですね(笑)。

村松 おませにはちょっと足りない。でも、プレスリーにどっぷり染まっちゃってたなぁ。ところが、学校に行ってプレスリーのことをしゃべるっていうのは、ちょっと違うんだよね。

−−ん? なんでですか?

村松 学校ではちょっと硬いことをしゃべったほうが通用するような時代なんだよね。

−−ほう。

村松 プロレスをしゃべらないのと同じで。プレスリーと長嶋(茂雄)とプロレスは軽んじられがちだったんだよね。

−−あ、そうなんですか! プロレスはともかく当時の学生は、長嶋(茂雄)とプレスリーはみんな大好きなのだと思ってました。

村松 好き嫌いというか、趣味のレベルとして軽んじられるんだよね。だから、「ジャズが好き」はいいんですよ。

−−なんとなくわかります。

村松 ジャズは難しい話のうちの一つなんだよね。だけど、プレスリーについてしゃべるっていうのは、どっかタブーに触れるみたいな感じでね。

−−へぇ〜〜〜。

村松 でも、それがそそるわけだよね。「俺のインビな趣味なんだよ、領域なんだよ」って思うような感じ。

−−中学生で淫靡!

村松 淫靡じゃなくて隠微! 俺だけの世界っていう感じだよね。だから、それが基本になってるような気がするんだよな。本格派だとか歌唱力があるとかそんなんじゃなくて、プレスリーの軽薄な部分も全部含めて好きだった。

−−当時、プレスリーって女こどもが聴くもんだって見られ方をしてたんですか?

村松 いや、女こどもというか、いい大人の女をたぶらかす存在。

−−へぇ。

村松 ただ、だんだん太っちゃったりして、「もう成熟しちゃったな、プレスリーは」と思って遠ざけてたんだけど、ある時、西銀座の路地裏の店でスクリーンで昔の映像を流してることがあって、そこでプレスリーのオンステージの中の一つを観たら、またゾーッて感覚が蘇っちゃって引き戻されたんだよね。あのいかがわしさがたまらなかった。少年時代は「いかがわしい」なんて言葉は浮かばないですよ。

−−はい。

村松 だけど、これは見ちゃいけないモノを見た、みたいなね(笑)。プレスリーを聴いたって外で言っちゃいけないみたいな感じで。だから、アメリカでプレスリーが『エド・サリバンショー』に出た時に、腰から下は映されなかったって言うでしょ?

−−本場でもいかがわしかったんですね。関係ないですけど、プレスリーは「エルビス」って言い方とプレスリーっていう言い方と、どっちもあるのもちょっと面白いなって思ってました。

村松 エルビスとは言わなかったな、僕は。

−−最近はエルビスとも言われます。

村松 そうなんだ。

−−僕もカッコつけてるのかエルビスって言っちゃいます(笑)。

村松 あ、そうか。なるほどねぇ。そういう懐き方とは僕は違うんだよね(笑)。

−−あはははは! 僕なんかは懐きたいんですよ。知ったかぶりたいんです(笑)。

村松 なるほどね(笑)。いまの話と関連するんですけど、僕はビートルズの曲っていうのはね、ジュークボックスには似合わないと思うんですよ。

−−ほぉ〜〜。

村松 あれは音楽だと思うんですよ。

−−ああ、ちゃんとした音楽ってことですね。

村松 ジュークボックスの基本っていうのは腹にこたえるような低音と頭に響くような高音、この組み合わせだと思うんですよ。よくドンシャリの音って言うけど、ドンシャリの音ってそれらしいんですよね。

−−はいはい、ドンシャリの音って言いますね。

村松 その大雑把さにハマるっていうのは、音楽のレベルもある程度低くないとダメだと思うんですよね。

−−なるほど(笑)。

村松 初期のプレスリーなんかは、まさにドンシャリの音に似合うんですよ。で、ビートルズの複雑な音楽になっちゃうと、ジュークボックスで聴くよりもちゃんとしたオーディオで聴かなきゃならないというかね。

−−なるほどなるほど。

村松 だから、それには馴染みたくないって思ってたら、そしたらジョン・レノンがアメリカに行った時に、プレスリーを上から目線で「ああいうモノは音楽とはちょっと違う」みたいなことを言ったんだよね。それを聞いて俺は「勢いに乗って他人の国に来やがったと思ったら、先輩に向かってなに言ってんだ!」って怒ったんだよね。アメリカ人じゃないのに(笑)。

−−わはははは! エルビス先輩(笑)。

村松 その時の、穏やかというか弱々しいプレスリーの説得力のない反応に、またそそられた。音楽家じゃなくて、歌手としての矜持を感じさせられたな。ビートルズの連中って僕とだいたい同じ歳なんですよ(筆者注:村松さん、ジョン・レノン、リンゴ・スターは1940年生まれ。ちなみにポール・マッカートニーは1942年、ジョージ・ハリスンは1943年生まれ)。

−−あ〜、そんな感じですね。

村松 「あの連中が高飛車にプレスリーに対して上から目線でしゃべりやがって」と思っちゃった。そっからビートルズ嫌いになっちゃってね。宗教化されたり、政治的シンボルになったり、思想的イメージになったりする、ああいうものとは僕は馴染まないですね。そういうことが一切ないというのはプレスリーの最大の値打ちなんですよ。

−−ビートルズは最初はわかりやすい音楽だったのが、どんどん高度になっていって、音楽の進化みたいなものをまさに体現していたわけですからね。

村松 そうですね。そんなもんどうでもいいんですよ。

−−わはははは! 凄い!

村松 浪花節が進化したってしょうがないよ。そういえばラップ調の浪花節なんてのがあるけど、この逆風の時代における苦肉の策でね。

−−ビートルズは浪花節じゃないですけど(笑)。いや、最高に面白いです。僕、前から思ってたんですよ。村松さんは世代的にはビートルズファンでもおかしくないのになぁって。

村松 でもね、僕はちょっと上の世代というか、憧れのアニキぐらいが自分にとってちょうどいいんだよね。

−−村松さんらしいなぁ。

村松 だから、エルビスって言えない。やっぱりプレスリーだよね(笑)。

−−あら、お恥ずかしい(笑)。なんならエルヴィスとか言っちゃいますよ。下くちびる噛んで(笑)。

村松 で、死んじゃってからは、社会現象の一つとしてプレスリーは残っていくとしても、音楽の歴史の中でビートルズほどの重要な位置を占めるわけではないとしたら、現場を観たり感じたりしてたヤツの記憶に残るしかないっていう。まあ、これもプロレスと同じというかね(笑)。

−−なにを語ってもプロレス(笑)。でもそうかもしれませんね。ビートルズはどんどんどんどんロックを高級にしていきましたからね。

村松 絶対に殿堂入りしないことの良さですよ。それが不良っていうもんだっていうね。時代的に不良に対する“良”っていうモノがあったから。これがパット・ブーンを象徴とするポピュラーミュージックの中でもね、良があったんですよ。プレスリーは、それに対する不良の旗手なんですよ。

−−なるほど。

村松 もうホントに記憶だよね。相当、補わないとダメだけどね(笑)。

−−あはははは。いや、でもプレスリー論とビートルズ論は面白かったですねぇ。あとは、どうしましょうか?

村松 ダイナ・ショアにしましょうか。軽いんで(笑)。

−−ダイナ・ショアの「ブルー・カナリア」。さすがにこの曲は僕も知ってました。

村松 当時でもEPで安かったから買ったのかな? 表に2曲、裏に2曲で、小さい盤の値段だったの。4曲でいくらだったか忘れちゃったけど、得したみたいな感じでね(笑)。

−−あはははは。

村松 聴くのは「ブルー・カナリア」だけなのに。自分の金で買った初めてのレコードじゃないかな? EPだから安くて。

−−へぇ〜〜。

村松 それが下地になってて、それをベースにプレスリーで完全に火がついちゃうんですけど。

−−あ〜、なるほど。プレスリーを語る上での前段の部分なんですね。

村松 ただ、自分で買ったレコードってことになるとダイナ・ショアだなと思ってね。ダイナ・ショアがそんな好きな歌手かって言ったら、そんな好きでもないしね。

−−なるほど。続きましてはどれにしましょう?

四角いジャングルで唄う

村松 さっきの続きで言うと、状況劇場の唐十郎っていうのも一種のプロレス的な扱いを受けてた演劇でね。アングラと言われて。

−−そうですね。

村松 僕はその頃は『海』っていう雑誌の編集部にいたんですけど、唐十郎に会いに行ったら、会った途端に「こいつは天才だ」と思った。

−−会った途端にですか?

村松 だから、プレスリーに受けたショックと似てるんですよ。

−−あ、そうなんですか!?

村松 「こいつは違うわ」と思って。その頃、僕は会社を辞めようと思ってたのに、唐十郎に会ってしまったから、辞めるのが10年ぐらい遅れちゃったもんな。

−−村松さんは、そんなに早くから会社を辞めようと思われてたんですか?

村松 もう、ず〜〜〜〜っと辞めようと思ってた(笑)。

−−それは知らなかったです。

村松 だってね、僕は勉強できたわけでもないし、頭がいいわけでもないし、ちゃんとした家でもなかったからさ。まぁ縁故入社ですよ(笑)。で、実際に入ってみたら、形容詞的には職員室に入ったような感じだったね。

−−職員室ですか?

村松 高校生が職員室に行ったよう感じ。「大人がいっぱいいる」みたいなね。みんなスーツ着てて。

−−あ〜、なるほど。

村松 「ここはちょっと無理だな」って思ってね。みんな優秀な成績で入ってきてて、こういう人たちと、いまからまともにやって追いつくっていうのは非現実的だなって思ってね。

−−ほうほう。

村松 それで「ここの人たちにないものはなんだ」と考えた時に行動力だと思ったわけ。

−−ほぉ!

村松 それで、まずやったのが、写真部の友だちと一緒に正月休みをつかって台湾に行って、行政院の役人のところに行って「金門島(1958年に毛沢東率いる中国から砲弾の集中砲火を浴びせられた島)に渡りたいんだけど」とか交渉したりしたんだよね。そんな程度のことをしていくうちに、日本に帰ったら、「この職場のヤツらと俺は違うんだ」って感じるようになってね。みんな色んな主張はするけど結局は会社の金を使って動いてるわけだからね。こっちは休みを使って自腹だからよぉと。

−−おお!

村松 浅はかだけどね、「こういうことをするヤツはこの中にはいない」って思い始めてきて、それで2年目のときは戦争中のベトナムに行っちゃうわけですよ。

−−はいはい、そうですよね。

村松 でも、そんなことをしているんだから、いずれ辞めるってことが前提となってるわけですよ。それで『海』っていう文芸雑誌に配属されたら、今度は編集長と全然合わないわけよ。

−−ほぉ〜〜。

村松 で、転部願なんか出しちゃって。もうこれで辞めるって思ってた頃にヤスケン(安原顕=チリチリパーマの髪に、サングラスと髭という独特の容貌の名物編集者)が竹内書店ってところからスカウトされて入ってくるわけですよ。

−−そうなんですよね。

村松 僕が辞めるという前提で、僕の穴を埋めるべく入ってきたの。ところが僕とヤスケンは仲良くなっちゃって、編集長が飛ばされちゃったの(笑)。

−−あはははは!

村松 その少し前に、「自分はここに馴染むのは難しいな」と思いながら、唐さんに会いに行ったわけですよ。

−−あ、唐さんの話でした(笑)。



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