TOP目利きや!8>第5回 村松さん 3/4

目利きや!8

村松 それで、プレスリー的ショックを受けて。で、社内では唐十郎の“か”の字も知らない頃なんですよ、オーソドックスな大手出版社だからね。でも唐十郎とは一蓮托生みたいになっちゃって。共犯者だよね。文芸批評でも「アングラを載せるなんてのはけしからん、『海』じゃなくてヘドロの海だ」って言われて。

−−ひどい!

村松 でも、言われれば言われるほど、充実感が出てくるという(笑)。

−−そこでもいかがわしいってところに充実感を感じられたわけですね。

村松 そうそう。「いかがわしさを持ってるヤツのど真ん中にもの凄い価値を見出すのが俺の役目だ」みたいなね。

−−一貫してますねぇ!

村松 それで、ず〜〜〜〜っと来てるという。

−−はぁ〜〜〜。凄い。

村松 だから唐十郎フリークみたいになっていて、ひとつの芝居は7回ぐらいは行ってたしね。唐十郎の芝居についてしゃべるんだったら、どんなヤツが来ても大丈夫だ、みたいな感じでね。会社では浮き上がる一方ですよ(笑)。

−−同僚からするとあいつはなにやってんだって話ですよね(笑)。

村松 そうそう(笑)。さっきも、売れると軽んじられるっていう話をしたけど、唐十郎も不忍池で『唐版・風の又三郎』っていう芝居をやってね。そしたら1500人とか、アングラのテントからすれば想像を絶するぐらいの観客を動員しちゃったんだよね。

−−1500人は凄い!

村松 それが逆にアングラファンからは顰蹙を買うわけですよ。「あれじゃ宝塚とおんなじだ」とかいう声も出てきたりしてね。

−−なるほど。

村松 梅沢富美男が売れちゃった後に、「ドサ周りをやってるほうが本当の梅沢富美男だ」とか言われるようなもんだよね。その頃、俳優座みたいな大手の新劇団が沈みかけて、唐十郎の状況劇場、寺山修司の天井桟敷、佐藤信の黒テント、石橋蓮司の第七病棟ってのはもうちょっと後だけど、そういうのがいっぱい出てきて。世間では60年安保に対して70年安保の体質が出てきたようなタイミングなんですよ。そんな時に唐さんは後楽園ホールを借りて、後楽園のリングをそのまま使って、リングの中で歌謡ショーをやったわけで。

−−へぇ。

村松 劇団の挿入歌をずーーっとやってね。その歌を客が全員が知ってるわけだよね。

−−想像もつかないですね。

村松 それも超満員でね。最初に唐さんがガウンみたいなのをまとって出てきてね。唐さんの体型じゃ無理なんじゃないかなって思ったんだけど(笑)、だけど、みんな興奮しちゃって凄かったなぁ。で、その時のライブで収録されたのがこの『四角いジャングルで唄う』なんだよね。

−−インターネットで色々調べたんですけど、音源は落ちてなかったです。

村松 その時は、収録された歌のいくつかが発禁になってたからね。使用禁止用語が多いっていうんで。そのレコードがまさに今回選んだ曲なんですよ。寺山修司さんのほうが先に知ってたんだけど、寺山さんでも鈴木忠志でもなく唐さんだったっていうのは、どう考えても、最初のピカーッて光る、プレスリーと同じいかがわしい光源に出会っちゃったっていうかね(笑)。

−−あはははは!

村松 それで、そういうことが結構尾を引くから、いまだにビートルズ嫌いだしね。

−−本当に尾を引きますね(笑)。

村松 誰かが「可楽が」なんて言ってると「ちゃんちゃらおかしい」なんて思っちゃうしね。そういうのは、なんか執念深いね(笑)。

−−いやぁ村松節炸裂ですね(笑)。

村松 で、次のちあきなおみに行くとね、その状況劇場の宴会の座興のひとつでね、いきなり明かりが消えるんですよ。で、ひとりの女優にスポットが当たる。そうすると、「♪いつものよ〜〜に」って歌い出して立ち上がるわけですよ。

−−「喝采」の歌いだしですね。

村松 で、今度は反対のほうにスポットが当たって、別の女優が同じように「♪いつものよ〜〜に」って歌い出すの。それで、結局4人ぐらいが「♪いつものよ〜〜に」って歌うの。輪唱みたいな感じね。

−−はい。

村松 その感じを観た時にね、ちあきなおみは状況劇場の打ち上げという空間に非常に馴染むと思ったんだよね。僕はちあきなおみの「雨に濡れた慕情」は最初に聴いた時に、「これは凄い」と思って、大井町のアパートでずっと聴いてた記憶があるんだけど、ちあきなおみに漂うある種の淫靡さというか、“怪”のほうのあやしさと“妖”のほうのあやしさと両方持つような感じがよかった。「いま歌謡曲に何が足りないのか?」ってなった時に、僕はちあきなおみだと思うわけ。

−−なるほど。

村松 武道館を満員にするとかそういう価値観じゃないんだけど、爪がガーッと引っかかるような歌を歌うっていうね。これもやっぱり、なんか殿堂入りするタイプじゃないよね。

−−やはり記憶の人ですよね。

村松 なんでいまは表に出なくなったのかっていうことを考えると、「ヒットしてる曲を歌ってくれ」だとか、「予定される曲を歌ってくれ」だとか言われて歌うのが嫌になっちゃったと思うんだよね。そういう取り返しのつかない感じで、サディスティックに消えていっちゃってることも含めてね、まあ、ちあきなおみっていうのは凄いなって。大井町でレコード買って聴いてる頃は「雨の日に聴くといいなぁ」ぐらいにしか思ってなくてね。プレスリー的な衝撃はなかったんですよ。ただ「いいな」ぐらいで。でも、その「いいな」が年とともにどんどん大きくなっていったっていうね。

−−なるほど。

村松 それと次のグレン・グールドなんかはね、自分の人生からクラシックは全く外れちゃってたんだけど、別にクラシックが好きな連中とは付き合わなくていいや、なんていろいろと覚悟したりなんかしてたんだよね。

−−覚悟(笑)。

村松 で、さっきのヤスケンがね、モノ凄く純文学を追及してる一方で、クラシックのレコードなんかも詳しかったんだよね。それでヤスケンにクラシックについて喋られると、俺もクラシックぐらい聴かなきゃと思っちゃったんだよね(笑)。

−−そういう入り方だったんですね(笑)。

村松 なんか、ヤスケンに刺激されたよね。中央公論の社員だから、教養があることには驚かなかったんだけど、だけど、片方で僕が唐十郎をやってることも理解してね、片方で吉本隆明とも付き合ったりね、そうやってるヤツが真っ当なピアノコンチェルトなんかを聴いてるとなれば「これは穏やかじゃないな」と思ってね。

−−ヤスケンさんの守備範囲を見せつけられたわけですね(笑)。

村松 で、ヤスケンのすすめるピアニストのレコードを買って色々聴いたけど、「どうもクラシックというのは合わないな」という結論になっちゃうんですよ。

−−はい。

村松 で、ある日に「今度はグレン・グールドでも聴いてみるか」と思ってバッハの『ゴールドベルグ』を買ってきたわけですよ。そしたら、ハマっちゃって。

−−ほぉ〜〜〜〜。

村松 「これはクラシックじゃない」とか思ってね。中丸三千繪さんに会った時に「僕はクラシックはグレン・グールドしかわからない」みたいなことを言ったら、「グレン・グールドしかわからないっていうのは異常ですね」って言われてね(笑)。世の中のスタンダードからは、まったくそれに反意を唱えてるような感じのテイストらしいんだよね。「らしい」っていうのは、僕はそこまでクラシックがわからないからなんだけど、それが体質に合っちゃったのは事実なんだよね。

−−なるほど。

村松 グレン・グールドのバッハを聴いてると、やっぱりジャズを聴いてるのとそんなに違わないような感じを受けたりね。そのうち、だんだん弾きながら唸るとかね、寒がりで練習する時もコートを着て弾いてるとか知っていってね、だんだん僕の領域に近づいてきた。

−−変わった人ですね。

村松 そのうちに、決められた時間に決められた聴衆に対して演奏なんかできないってことで、途中で演奏やめちゃったりとかね、そういう考え方とかも凄いってなっちゃうんですよ。

−−でも、それは全部後付けですよね? 好きになってからいろいろと調べていくうちに「俺好みだ」とわかった感じで。

村松 そうそう、全部後付けだね。ちょっとこだわったグールド論の本なんていっぱい出てるしね。

−−そうなんですか。

村松 気がついたらグレン・グールドファンってメチャクチャ多いんだよね。

−−あ、そうなんですね。

村松 「自分だけのグレン・グールドだ」なんて思ってたんだけど、あまりにも本が出るしさ、いまも確かにグレン・グールドみたいな音楽家ってあんまりいないとは思うけどね。

−−もの凄い姿勢でピアノを弾かれる方ですよね。インターネットの動画で見ました。

村松 そうそう、猫背でね。だから、そういうことを考えると、「この人が好きだ」なんて言っても、好きなヤツがごまんといるわけだからさ。グレン・グールドはちょっと俺には無理だったかなって思って(笑)。

−−なんちゅうオチや(笑)。

村松 ちあきなおみみたいにはいかねえなって(笑)。でもね、世間からの身の引き方はちょっと似てると思うし、感覚としては、やっぱり殿堂入りするタイプとはちょっと違うような気がするしね。

−−結果、村松さん好みだったわけですね?

村松 そうそう。

−−入り方はよこしまでしたけどね(笑)。

村松 動機が不純だったよね(笑)。で、オーティス・レディングなんだけど、会社にいて白けている頃に、赤坂にムゲンっていうゴーゴークラブがあった。その頃流行ってたオーティス・レディングをフィリピンのバンドなんかが演奏してるわけ。ちなみにオーティス・レディングはあの曲のレコードが出た時は飛行機事故ですでに死んでたけどね。

−−そうですね。遺作ですもんね。

村松 で、日本のゴーゴーガールとフィリピンのゴーゴーガールが踊ってて、それを見ながら飲むみたいなさ。客席には岡田真澄もいたりしてさ。

−−おー。

村松 昔のナイトクラブの雰囲気をちょっとカジュアルにしたような感じ。で、オーティス・レディングの「The Dock of the Bay」なんていうのは、独特のR&Bのリズムがあって、それにゾクッとして惹かれていったんだけどさ。で、「The Dock of the Bay」の唄い出しの歌詞ね。

−−(二人で唄いながら)Sitting in the morning sun♪

村松 寄せては返す波を見ている老人が何となくアンニュイに朝日を浴びてるんでしょ?

−−そんな歌詞ですよね。

村松 あれね、考えてみたんだけど、清水の波止場にあった風景の残像なんだよね。となると俺の音楽なわけでさぁ(笑)。よくさ、擦り切れるまで聴くって言うじゃない?本当にそれくらい聴いたんだよね。このR&Bのリズムっていうのは、プレスリーの時もそうなんだけど、つぼを押される感じなんだよね。快感があるんですよ、そこそこみたいな。そういう源にプレスリーがあったんですよ。

−−やはり村松さんの好みの音楽は、どこかプレスリーに集約されているんですね。で、僕らの世代は、オーティスは忌野清志郎経由って人が多いんですよ。

村松 ああ、清志郎の「The Dock of the Bay」もあったね、ずっとあとだけど。清志郎風のね。

−−ライヴ盤でしたね(忌野清志郎『HAVE MERCY!』収録)。日本においては清志郎がオーティスを広めた役割が大きいんですよ。

村松 ほぅ。

−−清志郎はオーティスが大好きで、オーティスのレコードジャケットを見ると、左手でマイクを持っているんですね。で、清志郎はその影響で右利きなのに左手でマイクを持つようになったんです。でも実は写真の裏焼きで、オーティスも右手でマイクを持っているという(笑)。

村松 あー、そんなのなにも知らずに聴いてたなぁ。

−−僕はまた、村松さんは清志郎とオーティスをセットで聴いておられたんだと思っていました。一時期村松さんは清志郎が好きで、「清志郎を聴かなければ昼も夜も明けなかった」なんて書いておられましたよね。なにがきっかけで清志郎を聴き始めたんですか?

村松 イトイにRCサクセションってバンドがあるから聴けって言われて、それで一緒に横浜スタジアムのライヴに行ったのかな。

−−あ、いきなりスタジアムからなんですね。

村松 だからファンとしてはそんなに早かったわけではないですね。だけどいっぺんにハマってしまった。ただ、ハマったんだけど、僕がプレスリーに感じたいかがわしさっていうのかな、思想的にならない、政治的にならない、宗教的にならないという僕の感じから(清志郎が)離れて行ったというのかな。なんか善意が見え始めちゃって。

−−特に後年の活動ですね。

村松 病気の影響もあったのかな。で、当時は珍しくカミさんと熱狂しちゃったんだよね。清志郎くらいなもんだよ、カミさんとライヴに行くのなんか。ずーっと立ったまま観るのも当たり前でしたよ。大晦日なんか清志郎を聴いて年を越すという。RCサクセションの姿かたち、清志郎の化粧、すべてが不良だったわけだね。

−−はい。

村松 一方でリリカルな旋律だとか繊細な歌詞を持っていたんだけど、リリカルと繊細があわさって、いい人になっちゃったような。プレスリーは最後まで麻薬だとかのイメージがあったんだけど、僕としてはそっちの方がイメージとしては完結するというか。最初にそれを感じたのは原発の歌があったじゃない?

−−「ラブ・ミー・テンダー」ですね。

村松 でもそういうんじゃなくて、「原発いいじゃないか、じゃんじゃんやれよ!」みたいなロックのセンスが欲しかったんだよね。そういう反原発のやり方があったと思うんだよね。

−−あ、村松さん、でも清志郎は一方で「原発賛成音頭」って曲も歌ってるんです。音源としてリリースはされていないですけど。

村松 あ、唄ってるんですか。

−−だから反原発だとか正義の人だとかに祭り上げられることに一番違和感を感じていたのは当の清志郎なんですよ。

村松 あ、そうでしょうね。それはそうなんだろうな。その感じはわかるんですよ。ただ、清志郎が病気になった時、照明の当たり方がどんどんセンチメンタルになっていったでしょ?

−−はい。

村松 で、最後の入院する前のブルーノートのライヴに行ったんですよ。

−−あ、村松さんも行かれたんですね! 僕も行きました!

村松 あ、行きましたか。あれなんか僕もちょっと涙が出ちゃうというか、そういう感じになっちゃって(笑)。

−−そりゃーもう、大号泣でしたよぉ!

村松 でも清志郎はその後の美談も含めて語られるじゃない? だからカミさんなんてのは、それも含めてずっと聴いていられるんだけど、僕なんかはちょっと切れちゃっていたというかね。僕の好みの物差しに悖るというのかな。清志郎の物語が。

−−わかります。ただ、先ほども言いましたように、結局一番過激なのは清志郎なんですよ。「原発賛成音頭」や「君はラブ・ミー・テンダーを聴いたか?」なんていう曲を歌っていたくらいなんで。ぜひ村松さんにも聴いていただきたいなぁ。

村松 ああ、そういうのもっと早く聞いていればなぁ。ま、あくまでも中途半端なファンだから。



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