#01
宗像和男さん

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宗像 和男(むなかた かずお)
1947年3月6日大阪生まれ、東京育ち。
フランスでの旅行代理店支店長を経て、1975年 株式会社キティ・ミュージック・コーポレーション入社。取締役国際部長、株式会社キティ・レコード専務取締役などを歴任。RCサクセションを担当し、日本のロックシーンを変える。
1998年に株式会社BMG音楽出版入社、代表取締役常務就任。 2009年株式会社アリオラジャパンに社名変更、新人開発を担当し数々の新人を発掘する。 2011年3月末アリオラジャパン退社。
現在、(株)リズメディア、(株)セプティマ・レイ、深町純プロジェクトなどの顧問を務める。
さあ、栄えある第一回は宗像和男さんです! 宗像さん、よろしくお願いします!
宗像
え、俺が最初なの?(笑)。ま、よろしくお願いします。
この企画では、業界の目利きの皆さんからオススメのCDを8枚選んでもらうのです が、まず1枚目はハリー・ベラフォンテの『BELAFONTE AT CARNEGIE HALL』です。

Disc 01

『At Carnegie Hall』
ハリー・ベラフォンテ

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宗像
俺は4人兄弟の末っ子なんですよ。一番上の兄貴が就職した初任給かなんかで買って きたレコードがこれ。俺はその時小学5年生くらいかなぁ。そんで居間で家族揃って電蓄みたいなので聴いたのよ。もう子ども心に感動したよねぇ!
初めての音楽体験ですね。
宗像
音楽って素晴らしいと思った。で、これ、ライブ盤なのね。そこから英語の意味が知りたい、英語が喋れるようになりたいと思い始めた。そこからFEN(Far East Networkの略。AFN〈エイエフエヌ、正式名称:American Forces Network-米軍放送網〉の前身。世界各地の米軍が駐留する地に設けられた基地関係者とその家族向けの放送局)を聴き始めてね、土曜日だか日曜日だかのトップ40のチャート番組があったんだよね。
FENって関西人にはよくわからないんですよね。
宗像
米軍基地のある地域で聴けたんだよね。で、そうやって毎週ヒットチャートやその番組で特集される50年代オールディーズなんかにハマって、高校2年くらいまでずっと聴いてた。録音したオープンリールのテープが天井に届くくらいまで溜まったよ。置いときゃよかったな(笑)。で、俺はラッキーなことに日本で最初にビーチボーイズがかかる瞬間を聴いていたんだよね、1962年のデビュー曲「Surfin' Safari」
すげー!いま聴いてもめっちゃいい曲ですもんね!
宗像
本当に腰抜かしたよ!「こんな声出せんだ!?こんなコーラスができるんだ!」って。もうアメリカンポップス華やかなりし頃だよね。
じゃあ当然ビートルズも?
宗像
そう。そのあとリヴァプールサウンドも流行ってさ。ビートルズの「抱きしめたい」 がアメリカで大ヒットになってさ。やっぱり日本で初めて「抱きしめたい」がかかる瞬間も FENで聴いたよ。
日本で初めてロックが産み落とされた瞬間に立ち合ってるなんて羨ましいですよ(笑)。ガツーンときました?
宗像
きたきた。中学生の時だな。大瀧詠一さんとか山下達郎さんは俺の2つ3つ下だか らきっと同じような体験をしていたんだろうな。
やっぱり達郎さんなんかも宗像さんと同じようにヒットチャート少年だったみたいですよ。
宗像
あ、そうなんだ。そういう時代だったんだよね。
宗像
そうやってFENで音楽を聴きまくって、当時珍しい輸入盤屋でレコードを探しまくる生活をしていたんだけど、大学生になって学生運動に巻き込まれちゃったんだよね。
大学はどこだったんですか?
宗像
ICU。
国際基督教大学!宗像さん、めっちゃ頭よかったんですねぇ!
宗像
いや、そんなことはなかったけどさ(笑)。で、ICUは2回学生がロックアウトして、2回機動隊が入ってきてんだよね。
へぇ。
宗像
ICUは人数が少ないんで、巻き込まれざるをえなくて、そんななかにいるとこんな時代に気楽に音楽なんか聴いてちゃイカンと思いこんじゃってさぁ。大学時代はほとんど音楽聴いてない。
そんなもんなんですねぇ。
宗像
それで大学を除籍になって、1970年にフランスに行ってそこで4年くらいいたんだけど、その間はほとんどこのキャロル・キングしか……。
(さえぎって)ちょ、ちょっと宗像さん、展開が早いですよ!(笑)。除籍ってなんですか?フランスってなんなんですか?
宗像
俺、大学を除籍になってんだよね。なんかお金を払えば中退にしてもらえたらしいんだけど、またうちのお袋が怒っちゃってさ。「そんな制度おかしい!」って。そんで俺もさ、普通に卒業して普通に会社に入るような人生はなんか違うなと思っててね、その時は。だから俺は最終学歴は高卒なの。
あら、もったいない。
宗像
周りの奴もみんな同じような感じで、卒業や就職についても俺と同じ考えを持っていたのよ。でも、あとで聞いたらみんなちゃんと卒業してんだよ!俺だけだよ、除籍になったの(笑)。
わはははは!
宗像
みんなひでーんだ(笑)。
面白いですねぇ(笑)。で、なんでフランスなんですか?
宗像
俺、大学除籍になった後、プータローだったんだけど、結婚したんだよね。
結婚!?むちゃしますねぇ。収入はあったんですか?
宗像
喫茶店のウェイターしてたんだけど、時給が90円(笑)。
わはははは!90円が結婚を考えますかねぇ。
宗像
俺、22の時だったからさぁ。若さだよねぇ(しみじみ)。脱線するけど、うちの娘が 結婚するってんで、彼氏を家に連れてきたのね。で、なかなかいい奴でさ。俺も気に入って、酔っ払いながら、「君、年収はいくらだ?」なんて偉そうに聞いたんだけど、うちの女房に「あなたは私と結婚する時は時給90円だったわよ」なんて言われてさぁ(笑)。
90円のクセになに言うとんねんと(笑)。それにしてもなんでフランスなんですか?
宗像
なんかとにかくうちの女房も俺も「こんな日本から出たい!」って思ってたんだよね。特に女房かな。
でもですよ?ずっと英語の音楽を聴いてきて、大学もICUだったんならアメリカでいいじゃないですか。
宗像
いや、その当時はベトナム戦争があったじゃない? あと人種差別もあったし。アメリカのやり方も納得いかなかったし、嫌だったんだよね。
ほう。じゃあビートルズが生まれたイギリスは?
宗像
ん?あ、そうだよね。あれ、なんでイギリスに行かなかったんだろ?(不思議そうな顔で)。
知りませんよ(笑)。
宗像
まぁ、たまたま知り合いがパリにいたんだよね。で、「知り合いがいるんならなんとかなるだろ」って行ったんだよ(笑)。
へぇ。フランス語は喋れたんですか?
宗像
一言も(笑)。めちゃくちゃだよね、いま考えてみたら。それでとりあえず行ってみて、3カ月間語学学校でみっちり勉強した。そうしたら日常会話くらいはできるようになったよね。
やっぱり頭いいんですよ、宗像さん!
宗像
いやいや。で、知り合いからパリのホテルで働ける日本人を探してるって聞いて、そこで働き始めたのね。だけど、いきなり電話の予約係にさせられて、こっちはまだ3ヶ月しかフランス語勉強してないから、当然聞き間違えたりスペル間違ったりするわけよ。だから大変だったよ(しみじみ)。
どのくらい働いていたんですか?
宗像
1年半くらいいたかな? で、日本人の団体客もたくさん来るようになっていたじゃないですか。そんななかで日本の旅行代理店のパリ支店を作りたいって話があって、ヘッドハンティングされたんだよね。まぁかっこ良く言うと支配人だな。それが3年くらいだから4年以上フランスにいたね。
思いつきから始まって4年も!(笑)。
宗像
でさ、支配人なんていっても宿の予約も送迎もガイドも全部自分でやんなきゃいけないの。もうほとんど寝る間もないくらいで。また日本人の団体客ってさ、夜になったら色んなことを言い出すのよ……(以下自粛)。
わはははは!めっちゃオモロイですねぇ(笑)。で、その間は音楽はどんなのを聴いてたんですか?
宗像
それが全然聴いてないんだよね。テレビをつければフランスでもチャート番組やってるんだけど、なんか情けないフレンチポップスくらいしかやってねえんだよ。
へぇ。やはりフランスは英語圏の文化は好きじゃなかったりするんですかね?
宗像
ただね、やたらピンク・フロイドはかかってたな。あの、ぐねーってした感じがフランス人好みらしいよ。
で、その時に聴いていたのがこのキャロル・キング『つづれおり』ですね。名盤中の名盤。

Disc 02

『つづれおり』
キャロル・キング

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宗像
もうこればっかり聴いたよ!これしか聴いてない!ビニール盤が2枚すり切れて聴けなくなるくらい……。
また極端やなぁ(笑)。
宗像
俺、そういうところあるんだよ(笑)。なんでこれしか聴いてなかったのかよく覚えてないんだけどさ。フランスといえば思い出すのはこれだね。

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